JASSで行われたサークル活動のご紹介と活動報告を参加者・世話人の方にリポートしていただきました。
楽しく充実したイベントの様子をご覧下さい。
2009年11月02日掲載 

B02 JASSペタンクサークルのご案内

   

JASSペタンクサークルについて

●毎月第3水曜日午前(9:30-12:30
   が定例練習日。


 ●場所は青山公園です。

 ●降雨率50%の場合中止ですが、
   その予備日は各翌週火曜日です


 ●予備日は降雨中止にならない場合も
   原則練習日にしています
.。

 
 
  ペタンクとは・・・南フランスで生まれ、ヨーロッパをはじめ世界各地に普及しているスポーツで、毎年、世界選手権大会が行われています。発祥地フランスでは愛好者が600万人をこえ、休日ともなると公園や広場でペタンクに興じている人々を見かけることができます。日本でも生涯スポーツとして注目されるようになり、ねんりんピック(全国健康福祉祭)の正式種目として全国的に普及しています。

ご興味のある方は、末尾の「ペタンク小史」をお読み下さい。

 ペタンクが、これほどまでに盛んになつた理由として・・・

  (1)
特別な施設を必要としない。(長さ15m、幅4mの平らな土地があれば十分)
  (2)
用具もペタンクボールさえあればゲームができる。
  (3)
ルールが簡単で、だれでもすぐ覚えられる。
  (4)
一見単純に見えながら、高度なテクニックと戦略を必要とする奥深さがある。
  (5)
どんな不利な形勢も一発で逆転できるという面白さがあること。

などがあげられます。
   
 

東京シニアペタンク倶楽部に加盟して、その年間計画に基ずき実施される大会(年数回)に参加して競技を行います。

また、定例練習日を含め参加者は和気藹々としたミーティングを楽しんでいます。

参加についてお問い合わせは・・・

  連絡先   世話人:大屋俊郎 

    
toshiooya@1954.jukuin.keio.ac.jp

  

 

 

[ゲームの進め方]

1.    シングルス(11)ダブルス(22)トリプルス(33)のいずれでもゲームをすることができます。

2.    先攻のチームがビュット(標的球)を投げ、続いて一球目を投げます。

3.    次に、後攻のチームが、相手チームよりビュットに近づけるように投球します。

4.    ペタンクでは、つねにその時点でビュットに近いチームが優勢となります。
 そのとき劣勢のチーム(ビュットから遠いチーム)が、 相手チームよりビュットに近づくまで投球し続けます。

5.    そして両チームが、すべてのボールを投げ終わつた時、ボールがビュットに一番近いチームが得点します。
 これで1メーヌ(セツト)が終了です。

 
 
   
 

  ペタンク小史(ものがたり)

@  ペタンクは1910年にフランスのマルセーユ近くのラ・シオタという小さな町に住んでいたジュール・ノアールという人が始めたものと言われています。ジュール・ノアール氏は、かつて「ル・ジュー・プロウ“ァンサル」のチャンピオンでしたが、慢性リューマチスを病んで車いす生活をしいられていました。ゲームができなくなつたジュール氏の腕前を惜しんだ友人たちがジュール氏と一緒に車いすでもできるようにルールの変更を考えました。

投球距離を短くすれば、車いすに座つたままでもボールを投げることが出来ます。この新しい方式―投球位置とビュット(標的球)との距離を短くし、助走しないーということでゲームをしたら、多くの人に好評で、マルセーユ地方一帯にひろまりました。このペタンクの成立のいきさつが、身障者であつても、健常者とハンディキャップなしでゲームをすることが出来るといわれる理由です。

A  助走なしでプレーヤー全員が同じ場所から投げるようにしようということから、両足がちょうど入るくらいの大きさのサークルを描き、これを投球位置にすることにしました。そのため、ボールを投げるときは両足を揃えた状態になります。

ペタンクの語源は「両足をしつかりと地面につける」または「足を揃える」ことを意味するピエ・タンケ(Pieds tanque)というブロウ“ァンス語に由来しています。

国際ペタンク・プロウ“ァンサル連盟の「ペタンク公式競技規則」は当然、車いすのプレーヤーの場合を想定しており、第6条に「投球サークルが車いすの両輪の間にあり、足載せがサークルの端のところに位置しなければならない。」と規定しています。

B  マルセーユ地方を中心に発展したペタンクは、次第に地中海沿岸の南フランス全域、そしてフランス全土に広まり、やがて、さらにには近隣のヨーロツパ諸国やフランス語圏諸国などにも普及し、ポピュラーなスポーツになり、今では約30カ国以上で楽しまれています。アジアでもシンガポールで国際大会が開かれるなど、競技人口は年々増えています。

C  日本では1965年、後に映画監督になる伊丹十三氏が俳優仲間とゲームしたのが始まりであるとされている。以後、いくつかの団体が発足し、独自に普及に努めてきた。私たちが拠点としている、東京シニアペタンク倶楽部もその一つである。国も全国健康福祉祭(ねんりんぴつく)に採用、支援しており、スポ・レク祭(全国レクレーション・スポーツ祭)でも正式種目であり、生涯スポーツとしても注目されています。

D  ペタンクの急速な普及した要因としては色々考えるのでしょうが、次のような3点が挙げられています。

第一に第二次世界大戦後、先進諸国は経済発展をとげ、ヨーロツパ諸国では長期間のバカンスをとろうという考え方がひろまりました。サマーシーズンになると多くのバカンス客が太陽にめぐまれた地中海沿岸に繰り出し、なかでも、プロウァンス地方やコート・ダジュール地方はペタンクのメッカであり、ヨーロツパでペタンクをしている人々の多くが南仏でのウ“ァカンス中に覚えたとさえいわれています。

   第二に金属加工技術の発展によつて現在のような鋼鉄製のすぐれたペタンクボールができ るようになつたこともあげられます。ペタンクはもともと球状に削つた木のブロツクに頭 の大きい釘を一面に打ち込むという方法でつくられていました。お椀型の鋼鉄の半球を2 個溶接して、今のようなボールを造ることに成功したのは比較的最近のことです。この製 法によつて外見も美しく、バランスや強度に優れたペタンクボールができあがりました。

第三に、ペタンクを競技スポーツまでにひきあげようというフランスの強い意欲によつて、1958年に国際ペタンク・プロウ“ァンサル連盟が設立されたことです。国際組織が出来たことにより、世界選手権を始め各種の国際大会が活溌に開催されるようになりました。それに伴いペタンクの普及に力をいれる国や地域がふえてきました。

  

紹介者の気持

ペタンクの出来た経緯や、その後の進みを物語的に知ると、自分もいつまでもできそうだし、また、生涯スポーツとして仲間も増えそうに思えませんか。

始めてください。どうぞ。おまちします。

 
   
 (世話人 大屋俊郎 記す)