イベント報告

JASSで行われたイベント活動を参加者・運営委員の方にリポートしていただきました。
楽しく充実したイベントの様子をご覧下さい。
2011年12月12日掲載 イベント実施報告一覧へ戻る

567 野川の源流を辿り、国分寺遺跡で天平を偲ぶ

     
20111120日(日)10:00~14:30 実施。  参加者:22名。


東京に水源を持つ川は数少なく国分寺崖線(ハケ)の湧水を源とする野川はそのひとつ。
今回はその水源(湧水群)を辿り、天平~鎌倉時代に隆盛を誇った国分寺の遺跡を巡り当時に思いを馳せる。国分寺市の史跡ボランティア・志波さんが昨年に引き続き遺跡ガイドを担当してくれるので非常に心強い。


●会   場:JR中央線 国分寺駅南側 / 国分寺崖線~国分寺遺跡
●ルト:国分寺駅→殿ヶ谷戸庭園→野川の始点(不動橋)→お鷹の道→
      湧水園(遺跡資料館)→国分寺薬師堂の仁王門→薬師堂→国分寺七重塔跡→
      東山道武蔵路




都立 殿ヶ谷戸庭園

原型は大正2年に造られ昭和4年に旧三菱財閥の岩崎彦弥太が買い取り別荘庭園とした。

昭和初期は実業家の間に東京近郊に別荘を持つことが流行り国分寺崖線に沿った眺望の良い立地が好まれた。
   

豊富な湧水は池の水として活用され、池から溢れた水は野川の支流となり野川の始点・不動橋のもとに流れ込む。

   


湧水は林泉式回遊庭園として利用された。

「東京の名湧水57選」に選定されている。
   

不動橋

日立中央研究所、真姿湧水などいくつかの湧水源からの水が集まり、ここ国分寺街道と交差する地点の不動橋で野川となる。

お鷹の道


日本の「平成の名水百選」に東京から選ばれている2か所のうちの一つ、真姿湧水群からの流れに沿った小道が「お鷹の道」。徳川時代、国分寺周辺は尾張徳川家の鷹狩りの場であったためその道がお鷹の道と呼ばれた。徳川家光が鷹狩にこの地に来たとの記録もある。
   


湧水園


江戸時代に建築された歴史的遺産として貴重な建造物・長屋門。

名主の屋敷跡を庭園として開放している。
史跡跡地で発見された千年以上昔の貴重な出土品が展示されており時代を経た仏像や、壺などが天平を偲ばせる。
   


国分寺薬師堂・仁王門


分培河原の戦いなど鎌倉幕府軍との幾たびかの戦いの中で焼失したが新田義貞の寄進により建てられ江戸時代に再興された。
   



仁王門の仁王様
   



国分寺薬師堂


本堂内にある木造薬師如来坐像は国の重要文化財として知られ毎年1010日にのみ開帳される。

寺の裏手にはたくさんの石仏が集められている。

   

国分寺遺跡の七重塔跡


奈良時代に建造された国分寺の発掘調査が進む塔跡。

土と砂利を何層にも重ね、大きな礎石の周囲を石で囲い堅固な土台を作った作業が見て取れる。

    東山道・武蔵路

天平時代、日本国内を七つに分け、それぞれに都へ通じる道路を整備した。

北陸道や東海道と並び東山道も関東以北から国府→都への重要な道路であった。

道路幅員が
12mもあり当時の朝廷の権勢が想像できる。

この写真は住宅街の一角に残る道路の上を土、芝で覆い保護している場所。

   
東山道・武蔵路を空から見る

武蔵路は以前に鉄道学園がありその跡地を整備した際に発見された。

現在は発掘調査が終わり、
12m巾の広い直線道が歩道として約300m、保存されている。

時代を経て鎌倉幕府が廃れると利便性から東海道の利用度が増し武蔵路は使われなくなった。

 
   (運営委員 村山真三  記す)      イベント実施報告一覧へ戻る