2011年08月08日(月)開催。14:30-16:30 参加者38名。
講師 福山琢磨 新風書房社長
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66年目の夏が巡って来ました。今年も暑い夏になりました。ナチス・ドイツ降伏後のベルリン郊外ポツダムにおいて、米・中・英の3カ国首脳による「全日本軍の無条件降伏」を求めた全13か条から成るポツダム宣言が昭和20年(1945年)7月26日に発行されました。
日本政府は宣言を無視し戦争を続行、それがソ連参戦や広島への原爆投下(8月6日午前8時15分)、長崎への投下(8月9日午前11時2分)に繋がりました。
原爆投下を受けて8月14日、日本政府は宣言の受諾を連合国側に通告、このことは翌8月15日に玉音放送として国民に発表されました。8月14日から15日に渡る、日本史における最も長い一日です。
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広島原爆
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戦局はその前から決まっていました。 大量の砲弾と共に、多くのビラが投下されました。厭戦ビラです。
講演は投下ビラ(落下傘ニュース)から始まりました。厭戦気分を高める4コマ漫画や豊富な商品のコマーシャルを入れた投下ビラ。戦後、漫画家 横山隆一氏に対する、盗作の謝罪と賠償の逸話なども含めて、詳しくお話頂きました。
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落下傘ニュース
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フクちゃん
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宣伝

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松代象山地下壕に、大本営や政府各省諸機関を移し、本土決戦を主張する軍部の反対の中、詔書案が閣議にかけられ修正を加えられ修正部分をそのまま残したまま、昭和天皇によって裁可され、終戦の詔書(大東亜戦争終結ノ詔書、戦争終結ニ関スル詔書)として発布されました。
昭和天皇は詔書を朗読してレコード盤に録音させ、翌15日正午よりラジオ放送により国民に詔書の内容を広く告げることとしました、所謂、玉音放送です。御前会議の後も陸軍の一部には徹底抗戦を唱え、8月14日の深夜から15日にかけて、一部の陸軍省幕僚と近衛師団参謀が中心となって放送用の録音盤を実力で奪取しようとするクーデター計画がありました。
日本の降伏を阻止しようと企図した将校達は近衛第一師団長森赳中将を殺害、師団長命令を偽造し近衛歩兵第二連隊を用いて宮城(皇居)を占拠し玉音盤を探しましたが見つからず、クーデターは失敗に終わりました。
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詔書
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日本の降伏を阻止しようと企図した将校達は近衛第一師団長森赳中将を殺害、師団長命令を偽造し近衛歩兵第二連隊を用いて宮城(皇居)を占拠し玉音盤を探しましたが見つからず、クーデターは失敗に終わりました。
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玉音盤
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前日「15日正午より重大発表あり」という旨の報道があり、また当日朝、「正午には必ず国民はこれを聴くように」との注意が行われた中、放送は正午に開始されました。
君が代の演奏され、その後4分余り天皇による勅語の朗読が放送され、再度君が代の演奏と続いたのが玉音放送です。
劣悪な放送品質のため音質が極めて悪く、「論旨はよく解らなかった」という人々の証言が多かったと言われています。
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敗戦濃厚な戦局、連合国の攻勢、軍部の動き、詔書の作成と天皇の裁可、宮中での録音、クーデター計画の顛末、そして玉音放送と詳しい説明を受けた後、聞き易い音源から、詔書を見ながら、玉音放送を聞きました。
戦争の大変さ、特に戦争終結の大変さを実感しました。改めて平和の尊さを噛みしめセミナーを終わりました。
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玉音放送を聞く人々
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| (運営委員 村橋 陽三 記す) |
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