平成12年の東海豪雨で新川が氾濫して数カ月浸水の被害が続いたことがあった。 そもそもこの「洗堰」は、徳川時代に名古屋城下を庄内川の氾濫から守るため、川の右岸(名古屋城下の反対側)を低くして、新川へ氾濫水を誘導し、左岸側(名古屋城下)へ水が来ないようにした施設である。平成の時代の水害で、古き徳川時代のまちづくりのお殿様優先の思想が再確認されようとは!!
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